Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “間近い春への花束を…”
 



 ただでさえ都立高校の構内という公共施設の内部であり、しかも医務室や教職員室というような特別な部屋ではないせいで、冷暖房や空調なんて一切ない。最初からかそれとも剥げたか、壁も床もコンクリが剥き出しのまんまだし、中身は中身で机やロッカーが乱雑に置かれているだけと来て、倉庫と見まごう散らかりようは殺風景極まりなく。おまけに、元気が過ぎて目に余るほどもの“やんちゃ”な行動にさえ走っているほどの男の子たちが、ほぼ一年中の四六時中、言い合わせずとも集まって来ては たむろする部屋だったりするから、

  「………何か違和感一杯なもんを広げてないか?」
  「そか?」

 どっかから余りを持って来たか、元から備品置き場だったから置かれててあったのか。教室用だろう机が3つ4つ、集められてテーブル代わりにされてた一角にて、そんな会話が交わされている。窓辺に据えたのは陽あたりが良くて明るいからか、それとも隅に寄せた方が邪魔にならなかったからか。今使ってる彼らには、その発端も分からない配置のそのスペースで。このいかにもむさ苦しい部屋には、成程 違和感いっぱいな、ファンシーな絵柄・図柄が広げられてる。パステル調のピンクにイエロー、シャーベットグリーンにミントブルー。つい最近世間でさんざん飛び交ったチョコ菓子を想起させる、シックで落ち着いた色合いのチャコールも、淡いオレンジやサーモンピンクとペアを組むと、何とも愛らしいキュートな印象になるから、あら不思議。犬猫は言うに及ばず、クマ牛ブタに、羊にパンダに、擬人化されたるお花や妖精 etc.…。三頭身の丸っこいキャラクターだの、デフォルメされたキッチングッズや家具のイラスト、ガーベラやクローバー、鉢植えなどなどの、テキスタイル風プリント、そうかと思えば妙にリアルで印象的な、淡彩のスケッチや風景画などなど。そんなこんなに表紙や中身を飾られた、女子の人たちが“かわい〜いvv”なんてな甘い嬌声を上げながら買いあさりそうなノートやサイン帳が、10冊以上散らばっており。まだ他にもあるらしいのが入ったバッグも、すぐ傍らに置かれてあって。
「一言でいいから何か書いてくれって頼まれちまってよ。」
「…そういうのって、普通は当事者同士で交換し合って書かないか?」
 進路が別々だからという者同士が、名残りを惜しんで思い出を記すもの。それとか、遠くへ引っ越してく子への餞別にっていう、色紙への寄せ書きの代わりに…とかね。
「後輩が先輩へ何か書いて下さいって頼むならまだ分かるが…。」
「うっせぇな。俺に訊くなよな。」
 頼んだ奴の側の心持ちなんて俺には判んねと、煩さそうに言い返す彼だが、
「そういうのをお前が引き受けるってのも意外だ。」
 そうと訊かれるのは想定のうちだったのか、さして柳眉を逆立てることもなく、
「…最初は断ってたんだがな。」
 進学先が此処からは遠いトコで、春からもう逢えなくなるから どうしてもって言われたのをつい預かっちまったら、その子だけなんて不公平だってのが続いてよ。あ〜あだなと厄介ごとへのいかにもな溜息混じりに、でも。1つ1つに自分の名前と、それからね? ノートの持ち主さんのお名前と、それへと話しかけるよなメッセージとを書いてあげてる律義さが、何とも言えぬ…彼の不器用さというか、突っ張って見せていても本質はいい子なのだというのを、語らずして表しているかのようで。
「も少しだからな。済んだら構ってやっから待ってな。」
「………別にこっちは気にせんでもいいぞ。」
 あ、ちょこっと怒ってる? 放っておかれてることへ? それとも、そんな風に…子供扱いな言いようにて いなされたことへ?
(苦笑)

  「………ふ〜ん。」
  「んだよって。」

 柄じゃないって誰よりも本人が判っているからだろうね、照れ隠しに目許を眇めて睨んで来るのへ、別に〜〜〜なんて誤魔化してる側もまた。何とも言えず嬉しそうなお顔を隠せずにいるのが、

  「傍から見てると、可愛さではどっちもどっちだわね。」
  「そですねぇ。」

 それよか。これって…サイン帳を書いてる側が坊やでも総長さんでも、どっちがどっちの立場でも会話が成り立つ相性や間柄だってのが、何ともはや。

  「…そいや、そうだわね。話が成り立って情景が浮かぶ辺り。」
  「あ、ホントだ。」


  さて此処で問題です。(………おいおい)







            ◇



 冗談はともかく。
(笑) 卒業してゆく最上級生の間で、友達同士とか部の後輩から頼まれてというサイン帳が、交換日記のように回されるシーズンと相なった。
「ウチも週末には卒業式だものねぇ。」
 この何日か、暖かい日和が続いているのでと、大きめの窓辺、吊るされてたユニフォームや何やを全部取っ払わせて、室内へ陽光が入るようにさせた怖いものなしのマネージャー様が、いかにも可愛らしいサイン帳を眺めながらしみじみとしたお声を出し、
「それでのそのお花?」
 正解は坊やの方でした、ということで。レッスンバッグへとノートをお片付けしていた、金髪金眸のヨウイチ坊やが、小ぶりながらも綺麗な白い手の指先を伸ばして示したのが、メグさんが花瓶ごと持ち込んだ、結構大きめの花束で。大輪のガーベラが数本に赤やピンク、色とりどりのチューリップ。ふんわりとまとわされたるカスミソウの可憐さも愛らしい、いかにも春めいた配色の、結構立派な代物だったが、
「ああ、これはそういうんじゃなくってね。」
 メグさんもこのアメフト部の外には掛け持っていないから、直接の上下関係がある先輩は いない身。だからして、卒業してゆく誰かへと想定して揃えた花束じゃあないとかぶりを振り、
「華道部の子が部活で使った余りをくれたの。」
 卒業式の壇上の飾り付けを任されてるらしくてね、バラとか使った豪華なのとは別に、貴賓席に飾る方のはこっちのバージョンでいくらしいと、とんだ先取り情報までもらって来たらしいが、
「華道部…。」
「あら、意外?」
 そらまあ、一応は都立の高校でしかも共学だから。華道部や茶道部や手芸部に、キルト部や漫画研究部なんかがあったって、一向に訝
おかしかないが。
“そんな楚々とした感じの生徒っていたっけかな?”
 自分の通う小学校の、昨年の卒業生と今年の新入生を含めた8学年分の生徒の顔と名前を全部覚えてるってだけでも恐ろしいのに、ここ賊徒学園高等部の生徒さんたちの方までも、その過半数は把握出来ているらしいから そら恐ろしく。そんな坊やの記憶層に、そういう大人しやかな趣味を持っていそうな女子生徒は、なかなか思い当たらなくって。
“まあ…外見で判断しちゃあ、いけないんだろうけど。”
 そうだよ、ベイベ。例えばコックさんてのは、実は腕力とスタミナがむちゃ要るお仕事だからって、お菓子専門のパティシェさんにだって男性が多いじゃあないですか。それでも何だか得心がいかないのか、お花を見ながら“む〜ん”なんて唸っている愛らしい横顔が、
“可愛いったらvv”
 日頃のいつも、そりゃあ小生意気な したり顔とか、余裕たっぷりなお澄まし顔でばかりいる坊やだから。歯が立たないクイズに真摯なお顔で対峙している素のお顔なんて、そうそうお目にかかれるものじゃあない。ハーフかクォーターかと勘違いされてばかりいるという、冴えた光をたたえた金茶色の瞳に色白な頬、淡い金の髪がふわりとかぶさった賢そうな額。脆そうなほど細い鼻梁に、小さな花の蕾を思わせる、形の立った愛らしい唇。小さな顎へと添えられた指先の揃えようにも何とも品があって、さすがはお子様モデルのバイトをこなしているだけはある。すんなりした肢体は若木のようにほっそりとしていながらも、闊達なバネを備えており、これまでにも様々な武勇伝をこなしていて。まあ、今はそれは置いといて。そんな可憐な風貌の坊やがじっと見やっている花束には、何のヒントもなかったらしく、
「…降参?」
 くすすと笑って訊くお姉様へ、むうと下唇を出しての不満顔を向けて来るのも。愛らしいよそ行きのお顔の方は見飽きてる、そんな贅沢な身には格別のレア・モード。こちらさんはピュアレッドのエナメルで綺麗に整えられた指先を、見目良く揃えての やわい腕組みをして、どっからか拾って来たらしきラブソファーへ腰掛けていたメグさん、
「判ぁ〜かった、意地悪しないで話すわよ。」
 こっちも降参と折れて、それから、
「ウチの華道部、今期は全員男子なの。」
「…あ。」
 なんだ、それじゃあ判らない筈だ。全然目串を刺せなかったことへ、半分くらいはホッとした坊やへと。でもネ、昨年度には女子部員もいたんだよ? ほら、覚えてない? 体育祭でウチの一美や銀と張り合って、白組の応援団長やってた刈屋先輩。えーっ、あの人って…確か去年の春から雨太署のミニパトに乗ってるよ? ああそっか、そっちで知ってたか。そうそうその人が、昨年度の華道部の部長さんだったの。面白いでしょと、ふふんと悪戯っぽく笑うメグさんだが、
“…どういう伝統カラーを引き継いでんだよ、ここの華道部。”
 ホンマにね。
(苦笑) 判らないまんまなことがあるのでは居心地が悪いというのは、誰だって基本的には同じだけれど。大人になるにつれて忙しい身になるにつけ、

  ――― 何で? どうして?

 そんな好奇心の枝葉の広がりや膨らみも、いつしか後回しにされてしまい。専門を深く、されど代わりにエリアは狭くと、どこか何かが限定されるもの。まだまだ小さなこの坊やは果たして、いかほどもの好奇心で動いているものなのやら。力みに張って まなじりの上がった大きな瞳が、まだ少しは冬色の弱々しい陽光の、それでも淡い金色で照らされている花々を、その生命力に惹かれてやまないといったお顔になって、無心に眺め回していたりして。

  ――― なぁに? どうしたんだい?
       あのね、これ。いい匂いする。
       ああ、フリージアだね。
       フリージア?
       そう。チューリップとかスィートピーみたいな春のお花。

 明るい陽だまりの窓辺にて、艶やかな美貌のメグさんへと向かい合い、お花のお話なんか交わしていたり。
“ああしてると、好奇心の旺盛な仔猫みたいで、可愛いばかりなんだがな。”
 何で大人と関わる時は、真っ向からの挑発的なお顔になるのやら。例え可憐な甘えっ子のお顔でいても、それは仮面で、やはり相手を警戒していてのことだと知っている。こちらは少々離れた位置で、適当に引っ張って来た椅子に腰かけて。窓の桟へと肘をつき、それを頬杖の台座にして。斜めに射し入る冬の陽に、漆黒の髪やら白ランに覆われた大きな肩やら温めながら、そんな坊やをちょいと横目で眺めていると、
「………何だお。」
 視線に気づいたか、こっちを見やる。何が気に入らないって、何でまた一番付き合いが長い自分へも、そういう棘々しいお顔をするかなということで。
“まあ、こっちのは警戒してないからこその、無遠慮な“素”ってやつなんだろうが。”
 そうと思うことにすれば、多少は気も晴れる…かも?
「何か笑えるようなものでも見えてたのかよ?」
 明らかに自分を眺めていた葉柱だったのを見てのこのお言いようだということは、自分の姿の何かが笑えたのかと訊いてる彼であり。こんな小さな坊やが差し向ける“因縁づけ”にしては、なかなか堂に入ってて、何とも末恐ろしい代物だけれども。

  「………怒ってんなら、なんでそんな相手の膝へよじ登るかな。」
  「だって、此処が一番暖ったけぇんだもん。」

 そんなことをわざわざ訊いているけれど。真っ向から乗り上がって来た坊やを迎え撃つにあたっては、膝頭を重ねて組んでたの、当たり前みたいにほどいてたルイもルイだよねと。他の面々にはそっちも“どうだかねぇ”と苦笑するしかない、いちゃいちゃぶりだったりし…で。ずっとそうしていたから十分に温められてる胸板へ、ぽふりと凭れて“やあ暖かいvv”なんて笑ってる幼な子に苦笑をしている総長さんだけをその場に残し、そろりそろりと部室から退去。

  “ま、このくらいのハンデなんて、ルイには関係ないんでしょうけど。”

 グラウンドに出てる自分たちを見て、慌てもって遅れて出て来て何分かそこらのロスくらい。ハンデにもならない彼だろうけど。三年生にはラストの春大会を前に、少しも手は緩めない所存の彼らだからね。陽だまりで仔猫と遊んでる誰かさんの、有終の美を飾るため。少しでも力になれるならと、気鋭を研ぎにフィールドへ出てく。窓辺には淡い色彩の花々が揺れて、春は名のみも あとわずか…。



  〜Fine〜  06.2.19.


  *そろそろ卒業式のシーズンもたけなわですね。
   大学生や高校生のばかりがドラマチックなんじゃない。
   中学生だって小学生だって、幼稚園の年長さんだって、
   お世話になった先生とのお別れとかあって、
   それぞれに感慨深い行事ですよね。
   どうか皆様、いい旅立ちを…って、まだ早いか。
(苦笑)

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